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2017/07/20

あきしまの古墳散歩(1)(東京都昭島市 富士塚/大神古墳跡)

ひょんなことから「あきしまの歴史散歩」という出版物を手に入れた。
青梅線の中神駅前で時間を持て余し、駅前の喫茶店に入ったところ、珈琲を飲みながら新刊本が座って読める、というカフェだったのだが、そこで販売していたので買ってみた。
装丁もタイトルも至って控えめな冊子であるが、昭島市内に点在する歴史的な遺物や文化財を写真入りで紹介していて、地図も載っている。こういう冊子は、仕事が終わってからちょっとだけ寄り道したい、などという時にとても重宝である。

今日は少し仕事が長引いてしまって、18時を回ってしまったが、この冊子によれば、すぐ近くに「富士塚」があるようなので、行ってみようと思う。

<富士塚・惣十稲荷>
中神駅の西隣り、昭島駅の南を青梅線に沿って東西に走る江戸街道から少し路地を入ったところ、公園の脇に赤い鳥居が立っているのが見える。

01 昭島富士塚惣十稲荷遠景

鳥居の奥に見える、祠を頂いた小高いマウンドが富士塚で、「新編武藏風土記稿」によると高さは凡そ8尺(2.4m)あるようだが、「あきしまの歴史散歩」では詳しい由来は不明とされている。

02 昭島富士塚惣十稲荷南から

03 昭島富士塚惣十稲荷西から


頂上に見える赤い大きな祠は「惣十稲荷」の祠で、天保6年(1835年)に村民に「神がかり」が起こった際、肥後国の惣十稲荷を勧請したものだそうである。「神がかり」の詳細は「古墳なう」で詳しく紹介されている。

03 昭島富士塚惣十稲荷

04 昭島富士塚惣十稲荷


頂上にはもうひとつ、「浅間社」の祠が祀られているほか、塚と同じ敷地内に「神明社」の祠も祀られている。

05 昭島富士塚脇神明社

地面が膨らんでいればそれは全て古墳だ、という訳ではなかろうが、富士塚だけでなく、「神明社」の祠も何となく盛り上がった地面の上にあるように見える。

この富士塚については、「東京都遺跡地図情報」に登録はなく、古墳を流用したものだ、という説も見当たらないようであるが、立地的には多摩川から三段目(?)の河岸段丘の縁近くに位置している。
この富士塚の位置する段丘の一段下、2kmほど南東の福島町二丁目には「昭島市No.21遺跡」と呼ばれる古墳がかつてあったようであるし、さらにもう一段下の面には、南に1.5kmほどのところに「浄土古墳」や「昭島市No.44遺跡(大神古墳)」、「経塚下古墳」などが確認されているが、ここはこれらの古墳からは距離的に離れ過ぎている感じもするので、残念ながらこの塚はやはり古墳の転用ではないのであろう。

まだ明るいので、ついでに「大神古墳」を見に行ってみることにしよう。

<昭島市No.44遺跡(大神古墳)>
「あきしまの歴史散歩」によると、大神古墳は「平成7年の夏にマンション建設予定地から発掘された7世紀初頭の古墳」で、「直径17.5mの円墳」だそうである。(左記の直径は周溝の外周直径を指すようである。)
川原石積みの石室からは全長90cmのほぼ完全な状態の直刀が発見されたそうである。

八高線が奥多摩街道を跨いでいる西側、奥多摩街道は段丘を削り込んだ切り通しを通っており、大神古墳はその切り通しの北側のマンションの敷地内から発見されたそうである。

06 昭島大神古墳跡

切り通しの下から見上げて見ると、マンション横に何やら小さなマウンドが見えているようにも見える。

07 昭島大神古墳跡?

直径17.5mには見えないし、「あきしまの歴史散歩」に載っている写真では、地中から川原石積みの石室が露見しているので、発掘された時、既に墳丘はなかったように思えるので、まさかこれが墳丘の名残とは思えないが、気になるので階段を上らせてもらい、小声で「失礼しまーす」と呟きつつ、マンションの1階通路まで入らせてもらった。

08 昭島大神古墳跡?

直径は5mほど、高さは1.5mほどだろうか、隣家の庭の築山のようでもあるし、発掘時の残土か何かを積み上げただけかも知れないが、どことなく雰囲気のあるマウンドではないか。

もはや、この男はとにかく地面が盛り上がっていさえすれば、それだけでいいようである。


(地図)
昭島周辺古墳地図


(参考資料)
「あきしまの歴史散歩」 2017.3 昭島市教育委員会
「東京都遺跡地図情報インターネット提供サービス」 東京都教育委員会 http://tokyo-iseki.jp/map.html#
「古墳なう」 http://gogohiderin.blog.fc2.com/



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