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2017/07/08

東濃最大の前方後円墳、前波の三ツ塚(岐阜県可児市 長塚古墳/野中古墳)

昨年暮れに法事のため可児市に行った際、思いがけず「西寺山古墳」という、4世紀中頃に作られた前方後方墳を見る機会があった。
「西寺山古墳」の近くには他にも「野中古墳」、「長塚古墳」という大型の前方後円墳があり、3つの古墳を総称して「前波の三ツ塚」として古くから知られていたようだ。

先日も訳あって再び可児市まで行くことになった。

早朝に自宅を出発、新東名高速から豊田東ジャンクションで東海環状道に入って可児御嵩インターで下り、ほんの少し寄り道させてもらい、二つの古墳に立ち寄った。

<長塚古墳>
前波の三ツ塚の中では最も新しく、5世紀前半(岐阜県のホームページでは4世紀後半)に築造された前方後円墳で、前方部をほぼ西に向けた東濃地方最大の古墳だそうだ。

01 可児市長塚古墳解説板

02 可児市長塚古墳括れ部

大きさは現地解説板によれば、全長72m、後円部直径38.4m、高さ6.9m、括れ部の幅18.5m、前方部長35.8m、幅28.5m、高さ4.7mで、周囲に幅25mほどの周濠が巡っていたらしい。南側には周濠の名残だろうか、広い空き地が残っている。

03 可児市長塚古墳南東より全景

その空き地の中央付近に、周溝を渡る陸橋部の名残か、細い道路が今でも残っている。

長塚古墳測量図(現地解説板より)

さらに、南東側には幅5mほどの外堤の一部が残っているそうである。

04 可児市長塚古墳南西より

西側前方部の裾部は崩壊によるものか、墳丘の傾斜が緩やかに見える。

05 可児市長塚古墳西より前方部裾

括れ部に墳丘に登れる踏み跡があり、心の中で手を合わせながら静かに上らせてもらう。

06 可児市長塚古墳括れ部より後円部

前方部を見ると、墳丘は二段築成のようで、何となく段築のような雰囲気が見て取れる。

07 可児市長塚古墳後円部上より前方部


<野中古墳>
長塚古墳の150mほど西、公民館のような建物の北側に墳丘が残されているが、破壊が著しく、解説板などもないので、一見したところ古墳のようには見えないが、古墳好きには古墳以外の何か、というようにも見えない。

08 可児市野中古墳西より

「古墳マップ」によると大きさは推定で、全長62.4m、後円部径38.4m、前方部幅36.5mの前方後円墳で、西寺山古墳に後続する首長墓と考えられているそうである。

09 可児市野中古墳北西より全景

長塚古墳の解説板に書かれていた図によると、現在残っているのは北側の括れ部周辺のみのようであるが、西側と北西側以外からは見ることができず、全体がどうなっているのかはよくわからなかった。

野中古墳測量図(長塚古墳現地解説板より)

10 可児市野中古墳北より後円部

過去、竪穴式石槨が発見されたらしく、刀剣や国産の三角縁三神三獣鏡が出土したという。

11 可児市野中古墳南西より

12 可児市野中古墳北西より


隣接する御嵩町伏見地区にも美濃地方最古級と言われる前方後方墳(高倉山古墳)があるほか、葺石で覆われた二段築成の方墳(次郎兵衛塚古墳)など、可児市は古墳の宝庫のようであるので、是非、時間を作ってゆっくりと訪れてみたいものである。


(地図)
長塚古墳、野中古墳地図


(参考資料)
「古墳マップ」 http://kofun.info/
「可児市ホームページ」 http://www.city.kani.lg.jp/4233.htm


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