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2017/05/08

風景に溶け込んだ普段着の古墳(1)(茨城県土浦市 八坂前塚/田村船塚古墳群/池嶋古墳/山王古墳/柏原庚申塚)

久しぶりに霞ヶ浦に行くことになった。古墳の多いところなので、どこで寄り道しようか迷うが、今回は出島地区、土浦市田村町の古墳や塚を見て回ろうと思う。
霞ヶ浦はY字(もしくは蟹の爪)型をしており、出島地区はちょうどY字の上部の突き出た部分にあたる。田村町はその突き出た出島の南側の付け根近くにあり、霞ヶ浦にそそぐ小河川によって削られた開析谷が複雑に入り組んだ地形をしており、南側の沖宿町とともに数多くの遺跡や古墳が点在する地域でもある。
ネット上で検索しても、この周辺の古墳についてはほとんど情報がない。あまり時間がないこともあり、残念だが今回は駆け足で回ろうと思う。

<八坂前塚>
田村町の北部、国道354号線が切り通しで通過していく舌状台地先端の南斜面、八坂神社へと続く山あいの道のすぐ脇にポツンとあるのが八坂前塚である。

01 田村八坂前塚

「いばらきデジタルまっぷ」では「近世の塚」とされているが、大きな木が塚上に繁っていて、何とも言えない風格がある。根元には小さな祠のようなものが見える。

02 田村八坂前塚(墳丘)


<田村船塚古墳群?>
続いて300mほど南の丘陵上にある田村船塚古墳群に向かった。
「ゲートボール場の脇」にあるようなのだが、肝心のゲートボール場が見当たらない。平坦な草地になっているので、ここがそうなのだろうと思うが、辺りを見回してみても古墳らしいものは見当たらない。

03 田村船塚古墳群


古墳群は前方後円墳2基、前方後方墳1基、円墳3基、方墳1基の計7基から成り、昇寛さんの「埼群古墳館」では、南端の前方後円墳(1号墳)は全長30m、後円部高さ2m、切通しを挟んだ北側には同じく全長30mの前方後方墳(2号墳)がある、とされている。特に前方後方墳は、20m四方の後方部に対して、前方部長は10mと後方部の半分しかないようであり、是非この目で見たかったが、この後、仕事があるのでスーツ姿で藪を漕いでいく訳にも行かず、諦めて先に進むとしよう。

04 田村船塚古墳群


<池嶋古墳>
集落の中、標高差20mほどの丘陵上に上っていく道の途中に薬師堂があり、堂宇の北側に直径10m、高さ2mの円墳が残されている。

05 田村町池嶋古墳

南側の1/3ほどは薬師堂の建設に際して削平されているらしく、以前は薬師堂の基礎に石室材の一部が転用されていたようであるが、建て替えられたのだろうか、見当たらないのでキョロキョロしていると、道路の方から年配の女性が近づいてきて「何か御用ですか?」と声をかけられた。どうやらここは私有地のようだ。無断で立ち入った非を丁重に詫び、早々に立ち去ることにした。

06 田村町池嶋古墳


<山王古墳>
続いて200mほど東にある山王古墳に向かった。
道路右手、南側の民家の敷地内に墳丘が見えているが、塀越しにのぞき込んで写真を撮るのは大人としてどうにも憚られる。

07 田村町山王古墳

全長40m、高さ2.5mの大きな前方後円墳で、広い庭いっぱいに長大な墳丘が横たわっている。古墳好きにはたまらない夢のような庭である。

08 田村町山王古墳

母屋に近い後円部上には祠があり、階段も見えている。あまりに墳丘が立派なので、声をかけて見学させてもらおうと母屋の方に向かったが、あいにく人の気配が全くない。広いお屋敷で呼び鈴も見当たらないので、大変申し訳ないが、塀越しに少しだけ見せてもらうことにした。

09 田村町山王古墳


<柏原庚申塚>
丘陵上の道を東に進むと、家並みが途切れて南側が開けた感じになる。北側、雑木林をバックに、庚申塚がある。

10 柏原庚申塚

「いばらきデジタルまっぷ」では「近世の塚」、「五輪塔、石仏あり」とされているが、見たところ立っているのはいくつかの石碑のように見える。

11 柏原庚申塚


まだまだ見たい古墳はあるけれど、長くなったので続きはまた次回。

(参考資料)
「いばらきデジタルまっぷ」 http://www2.wagmap.jp/ibaraki/top/select.asp?dtp=34
「埼群古墳館」 http://sgkohun.world.coocan.jp/archive/


田村町地図



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