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2016/07/22

洪積台地上の住宅街に残る方墳(埼玉県さいたま市 本杢古墳(土合古墳群))

神明神社古墳から北に2kmほど、中島という場所にも本杢古墳という古墳がある。

中島小学校から住宅地の緩い上り坂を上ると、左側に道路面より一段高くなった木立が見えてくる。木立の北東の隅に墳丘が見えている。これが本杢古墳である。

浦和本杢古墳南東から

北側から見ると、道路に面した部分が削られて高い土の壁のようになっている。

浦和本杢古墳 北から

北東の隅に昭和57年に設置された解説板が残っていて、「水田を下に望む洪積台地上の円墳」とあるのが見える。平成4年の墳形確認調査で方墳と判明する以前は円墳とされていたらしい。

浦和本杢古墳 北東隅から

浦和本杢古墳 北東隅昭和57年解説板

木立は自然公園のように整備されていて、墳丘のすぐ近くまで近づくことができる。

浦和本杢古墳 遠景

浦和本杢古墳近景

平成13年に設置された解説板があり、墳丘は一辺20m以上、高さは4.5m、古墳時代後期に築造された方墳とされている。

浦和本杢古墳解説板

「大宮台地とよばれる洪積台地の西端、荒川の低地を望む台地の縁辺部」とあるとおり、木立の中を西に進むと、台地を下る階段がある。台地の高さは結構ありそうだ。昭和57年当時、台地下には水田が広がっていたのだろうか。

浦和本杢古墳台地下への階段

台地の南側からも円筒埴輪が見つかっているらしく、付近に別の古墳もあったのではないか、と考えられているらしい。

帰り際、振り返ると、季節外れの紫陽花の向こうで、古墳が何か言っているような気がした。

浦和本杢古墳と紫陽花

これも別の意味で「熱中症」と言うのだろう。

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