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2017/01/13

桜川の沖積低地を見下ろす帆立貝式古墳群(茨城県水戸市 赤塚古墳群)

千波湖南岸の千波山古墳群から5kmほど西に行ったところに河和田という場所があり、市営住宅内の公園に古墳が保存されているという。赤塚古墳群といい、往時は帆立貝式2基、円墳21基から成る古墳群で、市営住宅建設で大部分が消滅したが、帆立貝式1基と円墳2基が残されているという。

千波公園から好文橋通りで桜川を渡って台地上に上がる。古墳群は桜川に面したこの高台の西の縁にある。そのまま5kmほど進んで赤塚小南で水戸バイパスを渡ると左右に市営団地が見えてくる。

<1号墳>
左折して団地の中に入るとすぐ右手に大きな公園があり、大きな築山のような古墳が目に入る。

「赤塚八景」と書かれた看板が立っており、「赤塚古墳の秋月」と題して「桜川に面した穏やかな台地」に「前方後円墳や円墳など21基が点在した」と書かれている。傍らに「赤塚遺跡」と書かれた石柱も建てられており、ほぼ同内容の説明がある。

赤塚古墳1号墳

公園内にポツンと残るのが帆立貝式の1号墳で、「埼群古墳館」さんによれば、全長48m、後円部径36m、同高さ5m、前方部幅20mの帆立貝式前方後円墳で、判然としないが、北側に前方部を向けているらしい。

赤塚古墳1号墳

赤塚古墳1号墳

周囲には周溝跡のような窪みも見られる。

赤塚古墳1号墳周溝痕跡

墳丘は変形しているのかなだらかで、遠目には5mもの高さには感じないが、心の中で詫びながら墳丘上に上ってみると目線の高さが周囲の遊具よりもだいぶ高い。一段低くなった田圃のすぐそこを桜川が流れている。西日が眩しい。

赤塚古墳1号墳墳頂より

この近傍にあった3号墳も全長35mの帆立貝式古墳で、粘土槨の埋葬施設が発掘されたそうだが、調査後湮滅したそうである。


<6号墳、7号墳>
1号墳からバス通りを渡った西側、台地縁の南西角にある公園内に残されている。北東(手前)側が6号墳、南西(奥)側が7号墳のようだ。
赤塚古墳6号墳と7号墳(右奥)

北東側の6号墳は北側の道路から見ると一段高いところに作られているように見え、東側と北側の裾はコンクリートで固められているが、公園側から見ると墳丘の高さは1号墳と同じくなだらかな感じに見える。

赤塚古墳6号墳

6号墳は直径25m、高さ3mの円墳であるが、短い方形部がある可能性があるらしい。

赤塚古墳6号墳

そろそろと墳頂に上らせてもらい、7号墳の方を見ると、台地下の平野部の広がりが実感できる。往時はどんな眺めだったのだろう。

赤塚古墳6号墳墳頂から見た7号墳


7号墳は6号墳の南西側に隣り合っており、墳丘は6号墳よりも少し低く、直径25m、高さ2.5mの円墳とされるが、方墳の可能性もあるらしい。

赤塚古墳7号墳

赤塚古墳7号墳

7号墳の方が台地の際に近いので、台地下の眺めはよかったであろう。

赤塚古墳7号墳墳頂

公園を出て、台地下の田圃の方から古墳のある台地を見上げてみた。台地の高さは5~6mほどであろうか、ここから墳丘は見えないが、少し離れたところから見た往時の古墳は存在感があったことだろう。

赤塚古墳群台地下より

空が広い。

赤塚古墳群

<高天原古墳群>
蛇足ながら、赤塚古墳群のある場所から桜川沿いに1.5kmほど東に戻ったあたりに高天原古墳群という興味深い名前の古墳群があったらしい。「いばらきデジタルまっぷ」によると方墳2基、円墳7基があったようであるが、団地建設で全て湮滅したらしい。
「かわわだ みんなで学ぼう河和田の歴史」さんのホームページに往時の高天原古墳群の写真が載っていて、赤塚古墳群と似たなだらかな曲線の墳丘が興味深い。


(参考資料)
「いばらきデジタルまっぷ」 茨城県 http://www2.wagmap.jp/ibaraki/top/select.asp?dtp=34
「埼群古墳館」 http://sgkohun.world.coocan.jp/archive/
「かわわだ みんなで学ぼう河和田の歴史」 http://www1.plala.or.jp/papa/enkaku.html#meisyou

赤塚古墳群地図

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