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2018/01/07

鹿島大神の神鹿伝説 (東京都江戸川区 鹿見塚/鹿見塚神社、鹿島神社)

前回、潮来市にある大生西部古墳群、大生神社と鹿島神宮を巡る古代史の一端を紹介した際、「元鹿島」と言われる大生神社に祀られていた大生氏、藤原氏双方の氏神である「タケミカヅチ」の神が、神護景雲2年(768年)、常陸から奈良の春日大社に遷幸された、という話を紹介した。

遠く東国の鹿島(香島)から奈良までの鹿島大神の遷幸の途次、大神の杖であったお供の神鹿が病に罹り、里人の看病虚しく亡くなったため、その地に塚を築き手厚く葬られた、という伝承が伝わる地域があるらしい。
東京の江戸川区、「鹿骨(シシボネ)」という地域である。

江戸川区郷土資料室が発行する「解説シート『江戸川区の地名(1)鹿骨』」には、「地名の由来」として前述の伝承が紹介されていて、その際に築かれた塚を「鹿見塚」と呼ぶこと、「鹿骨」の地名はこの伝承に由来すること、そして、「塚は、今も鹿骨三丁目にある鹿見塚神社内に残っています。」ということが書かれている。

神護景雲2年に築かれた塚が、幾星霜、1250年の時を経て、開発著しい東京都内に何と今でも残っている、という記述を見て、アドレナリンが全開となった。居ても立っても居られず、翌日、休暇を取っていた妻を誘って早速見に行ってみることにした。

ところでその「鹿見塚」は、前述の「解説シート」によると、かつては7~8mの高さに土盛りされた塚で、太い老松が植わっていたそうである。いつの頃かその松も枯れ、周囲の木々も悉く伐採、塚も掘り返されたそうである。
「解説シート」には鹿見塚神社と鹿見塚の石碑の写真が掲載されているが、肝心な「鹿見塚」は映っていない。だがしかし、そんなはずはない、「残っている」と書いてあるのだ、現地に行けば必ず痕跡のようなものが残っているに違いないと思いながら現地へと向かった。

「鹿見塚神社」は思っていたよりも小さく、前沼橋という名の交差点の角にこじんまりとあった。

01 鹿骨鹿見塚神社

02 鹿骨鹿見塚神社

鳥居前の解説板には確かに「鹿見塚」と書いてある。
ほーら、やっぱりあるじゃないか、すげーすげー、神護景雲2年、1250年、どれ? どれが塚?
(アドレナリン全開のため暫く取り乱しますが、ご容赦下さい。)

03 鹿骨鹿見塚神社解説

境内には「解説シート」に載っていた「鹿見塚」の碑が建っており、石碑の周囲の地面に塚の痕跡を探す。どこ?どこ?痕跡どこ?

04 鹿骨鹿見塚

碑の後ろには大木の切り株があるので、これぞ老松の切り株に違いないと思いつつ、で、どこ? 鹿見塚、どこ?

05 鹿骨鹿見塚

いくら探しても痕跡らしきものは見つからない。改めて鳥居前の解説板を読み返してみる。
石碑自体は昭和42年に建てられた、とあるが、解説文冒頭の「この鹿見塚」の「この」は、一体「どの」塚を指しているのであろう。もしやこの石碑を指しているのだろうか。

諦めがつかず、なおも境内でうじうじしていると、インターネットを見ていた妻から「近くの鹿島神社にも何かある」旨の啓示を頂いた。「鹿島神社」はここから1kmほど北にある、やや大きな神社である。

06 鹿骨鹿島神社遠景

鹿見塚の伝承は「鹿島神社」前の解説板にも記載されていた。

07 鹿骨鹿島神社解説

鹿島神社は、村人たちが鹿見塚の伝承を奇縁として、武甕槌命、天照大御神ほかの神を勧請して建立された、と伝わるそうであるが、明治以前は「五社神明社」と呼ばれたとおり、戦国時代にこの地に入植した五つの一族の氏神を合祀したのが始まりのようである。

08 鹿骨鹿島神社境内

本殿と拝殿が少し離れているようにも見える上に、本殿の下が少し高くなっているようにも見えるので、この神社が鹿見塚の上に建てられているのではないか、とも思いたくなる。

09 鹿骨鹿島神社本殿

拝殿脇には神鹿の像が建っていて、像の背後には戦争の慰霊碑だろうか、いくつかの大きな石碑が若干高くなった地面の上に建てられているけれど、さすがに神様のお供の神鹿の眠る塚上に碑を建てるようなことはしないだろう。

10 鹿骨鹿島神社神鹿像

11 鹿骨鹿島神社神鹿像背後の碑

よくわからないまま、ふと社殿を見上げれば、明治の社殿改築時のものであろうか、墨文字の由緒書きが掲げられている。旧仮名遣いで読みづらいが、中ほどに「則チ其ノ塚今ニ村位巽之方ニ存セリ」の文字が見える。
12 鹿骨鹿島神社由来書

「巽」と言えば南東であり、ここは鹿骨村の北辺に当たるようなので、やはり鹿見塚があった場所は先ほどの鹿見塚神社の方角のようではある。

「鹿骨」は古くから人々が生活していた地域で、正応3年(1290年)の銘のある板碑を始め多くの板碑が見つかっているらしい。それほど古くから集落が形成された歴史深い土地で、人々の暮らしを見守ってきた神鹿である。私のような不心得者には、そう簡単に姿を見せてはもらえないのだろう。

13 鹿骨鹿島神社から見た夕陽


(地図)
鹿骨周辺地図



(参考資料)
「解説シート 『江戸川区の地名 (1) 鹿骨』 」 江戸川区郷土資料室




コメント

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鹿見塚は・・

こんにちは。江戸川区在住なので、思わずコメントしました。
鹿見塚は、まさに「碑」がある場所にあったようです。「碑」の後ろの松の切り株・・その松が枯れた時に塚も掘り起こされたと、江戸川区の資料に記載されています。

Re: 鹿見塚は・・

ふっき~さん、コメントどうもありがとうございます。

そうですか、やはり塚は碑のあるところにあったのですね。切り株もとても立派なものでしたので、きっと立派な松だったのでしょうね。できることなら塚と松が健在だった頃の景色を是非この目で見てみたいものです。

不勉強で不束なブログですが、今後ともどうぞよろしくお願い致します。