FC2ブログ
2017/10/03

中世の貝塚遺跡に建つ神社(東京都大田区 甘酒稲荷神社)

大変有難いことに、9月の下旬から「胆力と根気」が要る仕事が重なり、すっかり参ってしまった。
古墳巡りをするどころか、精神的なゆとりもなく、ぐったり日々仕事をこなしながら、年末を迎えてしまった。

そんな中、買い物ついでの気分転換に自転車で近所を散歩する機会があった。
今日はその時のことを書こうと思うが、見に行ったのは古墳ではなくて、貝塚跡に建つ小さな「神社」である。

結婚したての頃、暫く住んでいたマンションの近くに「甘酒稲荷神社」という小さな神社があった。
都心へ向かう京急線が平和島駅を出た直後、高架の東側に見える木立がそれである。

01_不入斗甘酒稲荷神社

平和島駅周辺は、昔は「不入斗(イリヤマズ)」と呼ばれ、人家も疎らな寂しい場所だったそうだ。(前回の「常名(ヒタナ)」も難解であったが、「イリヤマズ」も相当なものだと思う。)

国立国会図書館の「レファレンス協同データベース」によれば、「不入斗」という地名は
 ●読みは 「イリヤマズ」 または 「イリヤマゼ」で、関東地方に多く、東海地方にも散見される地名
 ●かつての寺社領などで貢納を免ぜられた不入権をもつ免租地であったからという説が有力
とある。
諸説あるようだが、このあたりは海岸地帯であって、中世以前は、近世東海道のルート(現在の第一京浜)は通行することができず、当時の東海道は現在の池上通りに沿って台地上を通過していた。海沿いのこの地域は、塩分混じりの土地で収穫が上がらず、貢納が免除されたことから、不入斗村と呼ばれた、ということのようだ。

そんな旧不入斗村に「甘酒稲荷神社」は建っているが、今では海岸線はだいぶ遠くなってしまって、海の名残と言えば、周辺に海苔を扱う古くからの商店が多いことぐらいだろうか。

神社の境内は公園になっていて、やはりそんな時代の名残は残されていないようだが、神社の由緒書きに、古くは「貝塚稲荷社」と呼ばれた、とある。貝塚の「塚」の字に思わず反応してしまう。

02_不入斗甘酒稲荷神社由来

海沿いだったこの辺りには多くの貝塚があったようだ。
「東京都遺跡地図情報」を見ると、環七の少し南、第一京浜沿いにある「王森稲荷神社」も貝塚遺跡となっているし、都の無形民俗文化財になっている「水止舞」で有名な厳正寺のあたりも平安時代の貝塚遺跡となっている。

甘酒稲荷神社の建つこのあたりも「内川耕地貝塚」という中世の貝塚遺跡だったようである。貝塚と言うと縄文時代の遺跡を連想するが、このあたりの貝塚は、少し時代が下るのかも知れない。

ところで神社の名前だが、このあたりには6年ほど住んでいたが、甘酒で有名、といったような話は耳にしたことがなかったが、由緒書きを見ると、幼児の病気平癒に霊験新たかで、咳の神として広く世に知られ、報賽に甘酒を献じたのが名の由来、とある。
往時は「遠近より参詣者繁しく」だったようであるが、今日のところは境内には自分ともう一人、休憩中か、中年のサラリーマンの姿しか見えない。

事情は存じませんが、ご同輩、お互い大変ですなあ。

(地図)
不入斗甘酒稲荷神社地図

(参考資料)
「レファレンス協同データベース」 国立国会図書館http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000152206
「東京都遺跡地図情報インターネット提供サービス」 東京都教育委員会 http://tokyo-iseki.jp/map.html#
「学校裏から始まった2」 月刊おとなりさん編 2005年6月