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2016/03/30

寄り添う古墳(茨城県土浦市 王塚古墳/后塚古墳)

かすみがうらへの出張は、最寄りの鉄道駅から遠いので、いつも車で行っている。この日もいつものように少し早めに家を出て、土浦市内でミチクサをすることにした。

霞ヶ浦周辺には多くの古墳があって、中には富士見塚古墳や三昧塚古墳のように綺麗に復元整備されているものもあるけれど、大半は顧みられることなく、ひっそりと藪の中で眠っている古墳も多い。今日はそんなひっそりと眠る古墳を見に行く。

土浦北インターで常磐道を降りて125号線を南西へ、常磐線をオーバーパスで超えて左折すると、景色が一気に鄙びた風情に変わる。すぐに道は上り坂となり、右手に2つの古墳が眠る山裾を大きく右にカーブする。
そのまま少し先まで通り過ぎ、細い道を右折すると、薬王寺という寺院の墓地への入り口がある。軽自動車以外は通行禁止となっているので、仕方なく車を空き地に停めさせてもらい、徒歩で墓地に向かう。

<后塚古墳>
木立の中、古くからの墓地だろうか、墓石が並ぶその向こう、深い木立の藪の中に周囲よりも高くなっている部分が見える。

20160330 DSC_3910s土浦后塚古墳

近寄りたいが、藪が深くて容易には近づけない。曇っているので木立の中は陰鬱でほの暗い。周りは墓地で人気は全くない。
しまった、もっと天気のいい日に来ればよかった、いい歳して藪に分け入る勇気が出ない。

ふと、前方の藪の中に「市指定史跡」と書かれた石の柱が見えた。近寄ってみると、やはりこのマウンドが后塚古墳のようである。

20160330 DSC_3911s土浦后塚古墳

解説板などは見当たらないが、全長65m、後方部35~40m、高さ5.5m、前方部の幅約20mの大きな前方後方墳だそうだ。
どこが前方部でどこが後方部やら、全く見当がつかないが、どうやらこの石柱の後ろが前方部で、向かって右奥に後方部があるようだ。

20160330 DSC_3912s土浦后塚古墳

<王塚古墳>
后塚古墳を右に見ながら50mほど進むと視界が開け、左手に比較的新しい墓地が広がる。
その墓地の右奥、馬頭観世音菩薩の石碑の後ろの大きなマウンドが王塚古墳である。
全長84m、後円部直径42m、高さ7.5m、前方部長42m、幅13m、高さ2.5mの前方後円墳で、柄鏡型という前方部が発達する以前の古い様式だそうだ。

こちらは下草も少なく、墳丘に近づいてみる。

土浦王塚古墳遠景

墳頂には小さな石の祠。
土足で上って申し訳ありません、と手を合わせた。

土浦王塚古墳墳頂

先を見れば遥か下方に前方部と思しき尾根が見える。
確かに手鏡の柄のように細長く、先端部は開いていないように見える。

土浦王塚古墳前方部

前方部に降りて振り返り、後円部を見上げると、思いがけず高低差が大きい。
墳丘上には、測量でもしたのであろうか、ビニール紐が張られている。

土浦王塚古墳後円部

墳丘を降りると、人気のない墓地で満開の桜が風に揺れていた。

土浦王塚古墳近くの桜

誰も見ていないけれど、寄り添うように横たわる二つの古墳の真ん中で、ちょうどそれは古墳の主への手向けの花のように、早春の風に静かに揺れていた。

王塚古墳・后塚古墳地図

2016/03/17

最北の前方後方墳(宮城県美里町 京銭塚古墳)

大崎市での出張仕事を少し早めに切り上げて、美里町(旧小牛田町)にある京銭塚古墳を見に行ってみた。

京銭塚古墳(南から)

小牛田駅の南西、ファミリーマートにほど近い住宅地の中に周囲よりも一段高くなった場所があり、何となくそれとわかる。

古墳時代中期(5世紀末~6世紀)築造の前方後方墳で、全長66m、高さ4m、後方部をほぼ北に向けている。前方後方墳としては日本最北端に位置しているらしい。墳丘は概ねよく残っているように見える。前方部は後方部に比べて低く、古様を呈しているように思える。

写真は南側前方部から後方部を見上げたところ。右手に旧小牛田町が平成4年に設置した説明板が立っている。

20160317 DSC_3960s小牛田京銭塚古墳


後方部墳丘上は孝勝寺別院という寺院の敷地になっているが、一見すると個人宅のような雰囲気でやや後ろめたい。

20160317 DSC_3963s小牛田京銭塚古墳


震災から5年、早春の東北はまだ風が冷たいけれど、心なしか少しだけ春の香り。
古墳の上の青空はキレイに澄んでいた。

小牛田 京銭塚古墳 地図

2016/03/17

東北最大の前方後円墳(宮城県名取市 雷神山古墳/小塚古墳)

今日は午後から古川で仕事があるのだが、午前中を使って名取市にある雷神山古墳を見に行こうと思う。名取にはこれまでも仕事で何度も通っているが、古墳が多く「古墳の里」とも呼ばれるらしい。名取から古川まではだいぶ距離があるが、好きこそものの何とやらで、早起きが苦にならない

<雷神山古墳>
雷神山古墳は、標高40mの愛島丘陵の東端に築造された三段築盛の前方後円墳で、主軸長168m、後円部径96m、高さ12m、前方部長72m、前端幅96m、高さ6mと東北最大の巨大古墳で、立地や墳丘の形態、出土遺物などに前期古墳の要素が見られることから、築造年代は4世紀末から5世紀初め頃と考えられている。

古墳の北西側、駐車場のある正面入り口から上っていくと、詳細な解説板と市内の主な古墳の案内がある。

雷神山古墳解説板

雷神山古墳解説板

市内古墳解説板

解説板のあるところからさらに上っていくと、後円部と小塚古墳に挟まれたところに出る。突然の大きさに思わず息を飲む

雷神山古墳

墳頂には今でも雷神様が祀られている

墳頂の雷神様

後円部から前方部を見る。後円部に比べ前方部は低く、盛り上がりもないためのっぺりとした感じである

雷神山古墳後円部より前方部

平坦な前方部の端から後円部を望む

雷神山古墳

明瞭な段築が見事に残っている

雷神山古墳

雷神山古墳

その大きさや占地の状況等から、仙台平野一帯を支配した一大首長の墳墓と考えられている。スケールが大きすぎて、スマホでは全体がうまく撮影できない

雷神山古墳

昭和5年に報告された際は、小塚古墳と合わせて「植松丘上主古墳・副古墳」と呼ばれた、とあったが、当時、この高台は植松丘と呼ばれていたのだろうか。東方、遥かに海を望む。何事もなかったかのように穏やかな景色に胸が詰まる。

雷神山古墳眺望


<小塚古墳>
雷神山古墳の北側にあり、直径54m・高さ6mで、こちらも三段築成、周湟を有する円墳である

小塚古墳

周湟、段築ともはっきりと残っており、墳丘と青空のコントラストが美しい

小塚古墳

正面入り口から上がるとまず先に小塚古墳があるので、衛兵が亡き主を守っているようにも思えるし、雷神山の墳頂から見ると、妃が亡き夫の枕元に寄り添っているようにも見える

雷神山古墳後円部より小塚古墳

参考までに、名取市教育委員会による名取市内の主な古墳の分布図

名取市古墳分布図(名取市教育委員会)


(参考資料)
「第13回ふるさと名取の歴史展 近年の発掘調査―見えてきた新たな歴史」名取市教育委員会

雷神山古墳地図

2016/03/17

中世の風習を伝えるなだらかな柄鏡式前方後円墳(宮城県岩沼市 かめ塚古墳/温南山古墳)

名取の雷神山古墳を見に行く機会があったので、ついでという訳ではないが、岩沼市で気になっている前方後円墳を見にいってみた。

<かめ塚古墳>
市境を越えて岩沼市に入ったあたり、東北本線の線路の向こう側、広い畑の真ん中に、解説板も何もないが、それらしいマウンドが見えている。

かめ塚古墳

かめ塚古墳

宮城県の指定史跡となっていて、県のホームページによると全長39.5m、後円部直径16.3m、高さ2.45m、前方部幅10.3m、高さ2.05mで、細長い柄鏡型の墳丘は「非常に保存が良い」とされるが、古墳というにはやや高さが低いように思う。変な例えだが、有名なネス湖のネッシーの写真で見たようなふたこぶの恐竜が身を横たえているように見えるのは、段築がなく、表面がなだらかなカーブを描いているからかも知れない。

かめ塚古墳望遠

上の写真で言うと左側が後円部、右側が前方部のようだが、前方部、後円部とも後世に削平されており、本来は全長約50mの古墳であったと推定されている。かつては後円部に見事な松の木があったそうだ。

かめ塚古墳には古くから「サッペ講」という風習が伝わっていて、旧暦10月25日に新米で餅をつき、夕方に藁でかめ塚に小屋を建てて藁人形を供養した後、一切のものを焼いたそうだ。「サッペ講」の謂われは、岩沼館主が藩公から側室を賜ったが気に入らず、遠ざけて暮らしていたが、ある時側室の言いつけで土蔵に書類を探しに入った三平というお付きの侍が火事に巻かれ、割腹した自らの体に大切な書類を納めて火事から守りぬいて焼死したのを人々が憐れみ、三平に似せた藁人形を供養したのが始まりだそうで、かめ塚を掘ると火事が起こるという伝承とともに伝えられているらしい。

近づくには、田畑の畦道を通る以外になさそうでもあり、残念だが遠望するに留めた。

なお、すぐ近くには温南山古墳という帆立貝式の前方後円墳が残っているが、時間がなく見に行けなかった。以下はGoogleストリートビューの画像。

<温南山古墳(名取市)>
温南山古墳(Googleストリートビュー)

(参考資料)
「宮城県の指定文化財」 宮城県 http://www.pref.miyagi.jp/site/sitei/ken-siseki01.html
「岩沼市指定文化財一覧」 岩沼市 http://www.city.iwanuma.miyagi.jp/kakuka/050300/050302/sitei-itiran.html
「いわぬま歴史散歩道」 岩沼市商工会http://www.iwanuma.miyagi-fsci.or.jp/rekisi01.htm

かめ塚古墳地図